【中学歴史】鎌倉新仏教の比較|出題ポイント

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鎌倉新仏教の開祖たちとその教えの比較と違いです。鎌倉時代は新しい仏教が広まっていきました。入試やテストでも頻出するところです。違いを比較しながら、確実に覚えていきましょう。それでは、【中学歴史】鎌倉新仏教の比較|出題ポイントです。

鎌倉時代の新しい仏教

比較 浄土宗 浄土真宗 時宗 日蓮宗 臨済宗 曹洞宗
開祖 法然 親鸞 一遍 日蓮 栄西 道元
寺院 知恩院 本願寺 清浄光寺 久遠寺
教え ひらすら念仏 念仏 踊念仏 題目を唱える 座禅 座禅

これらの新しい仏教が広まった理由として、念仏を唱えるなどわかりやすかったという点朝廷や幕府からの保護を受けていたという点があります。また、この時代、神への信仰を仏教に取り込んだ考えの神仏習合も広まりました。新たに神道が形成されていきました。

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鎌倉新仏教の背景

平安時代の末から、保元の乱・平治の乱・源平の乱など戦乱があいつぎ、それに加えて、ききん(作物が実らず、飢えに苦しむこと)や災害なでも起こり末法思想が広がりました。社会不安は、増大し、人々は、心のよりどころを求めるようになったことが、背景。
復習中学歴史の「平安時代」藤原氏の系譜がポイント!

末法思想

末法思想とは、釈迦入滅後、「正法」、「像法」の二千年を経過したつぎの一万年の「末法」の時代には、教えだけが残り。修行しても悟りを得ることはできないという歴史観(思想)である。日本では、平安時代末期(1052年)から末法に入ったと考えられ、この年、藤原頼道(関白)は宇治平等院に阿弥陀堂(鳳凰堂)を建立した。

平等院鳳凰堂

京都の氏に藤原頼道が建立しました。阿弥陀如来の像やそれをおさめる阿弥陀堂がつくられました。

練習問題

次の問いに答えなさい。

  1. 浄土信仰の教えの徹底を目指し浄土宗を開いたのは誰か。
  2. 一遍が開き、念仏の札を配って教えを広めた宗派を何というか。
  3. 法華経の題目を唱えることで人も国も救われると説いた人物は誰か。
  4. 臨済宗を開いたのは誰か。
  5. 神への信仰を仏教に取り込んだ考えを何というか。

解答

  1. 法然
  2. 時宗
  3. 日蓮
  4. 栄西
  5. 神仏習合

ポイントのまとめ

新しい仏教は、民衆や武士の間に広まります。

  • 浄土宗…法然が、人心「南無阿弥陀仏」を念仏を唱えれば、だれでも極楽浄土に生まれ変わると説きます。武士の民衆に広がりました。
  • 浄土真宗…親鸞(法然の弟子)が、阿弥陀如来の救いを信じる心を強調します。朝廷によって越後(新潟県)に流されますが、東日本で布教で進めて、武士の農民の間に信仰が広がります。
  • 時宗…一遍が念仏の札を配って念仏の教えを広めました。踊念仏
  • 日蓮宗(法華宗)…日蓮が、法華経の題目(南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう))を唱えれば、人も国も救われると説きます。幕府によって、伊豆(静岡県)や佐渡(新潟県)に渡される圧迫を受けますが、東日本で布教を進め、武士や農民の間に信仰が広がります。
  • 禅宗…座禅によって自分の力でさとりを開くと教えます。武士の気風に合うため、幕府は中国から僧を招いて保護します
  • 臨済宗…宋から栄西がもたらします。幕府に保護され、京都や鎌倉を中心に広まります。
  • 曹洞宗(そうとうしゅう)…宋から道元によって伝えられます。北陸地方から各地へと広まります。
  • 神仏習合…神への信仰を仏教に取り込んだ考え。新たに新道が形成されていきました。

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