中学歴史の満州事変と日中戦争のきっかけなど比較と違い

満州事変と日中戦争のきっかけなど比較と違いです。それぞれの出来事である満州事変と日中戦争は、いつの何をきっかけにし、その後どうなったのかあいまいにしている人も少なくありません。入試でも頻出のところでなので、きっちり覚えていきましょう。それでは、中学歴史の満州事変と日中戦争のきっかけなど比較と違いです。

満州事変と日中戦争

事柄 満州事変 日中戦争
年号 1931年 1937年
きっかけ 日本の軍部(関東軍)が柳条湖で満州鉄道の線路を爆破 北京郊外の盧溝橋付近で起こった日中両軍が武力衝突
その後 満州を占領した関東軍が清の最後の皇帝溥儀を元首として建国を宣言 泥沼化する戦争は、南京事件が象徴で、日本軍が一般人含む多数の中国人を殺害

詳しく日中戦争と軍部の台頭についてのまとめ

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中国の対応

  • 抗日民族統一戦線…1937年9月それまで対立していた蒋介石が率いる国民党と毛沢東を指導する中国共産党が協力して日本に対抗するため結成。

日本の対応

  • 国家総動員法…1938年国の産業・経済・国民生活など全てを国が統制する権限を持つとして出された法律。
  • 大政翼賛会…挙国一致のために結成された団体。ほとんどの政党や団体が解散して合流した。

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