【中学歴史】縄文時代のまとめ

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【中学歴史】縄文時代についてまとめています。

縄文時代

貝塚・遺跡・古墳

入試やテストに出る貝塚・遺跡・古墳の位置

1万2000年前ごろになると、気候があたたかくなって海の水がふえ、大陸と日本列島との間の低い陸地が海になって、今のような日本列島ができた。

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縄文土器

日本列島ができたころ、人々は食べ物 を着たりたくわえたりするために、土器をつくるようになった。このころの土器は、ねん土でつくられ、表面に縄目のもようをつけたものが多いので、縄文土器とよばれる。焼き上げる温度が低い(500~600°C)ので、黒かっ色で厚手でもろい。炎が表現されたような形(火炎型)など複雑な形も多い。
確認中学歴史の「縄文土器と弥生土器」の比較・違い

石器と骨角器

土器のほか、石器はやり・矢じり・おの・ナイフなど,おもに突きさしたり切ったりするものに使われ、骨角器はつり針・もり・やすなど
の漁具に使われた。また、石器でけずってつくった木の道具(木器)もあった。

狩りと漁

人々は、野山で狩りをしたり、海や川・湖で魚や貝をとったりした。狩りのために弓矢が発明され、漁には網や丸木舟も使われた。また、野山で木の実や山菜などを採集して食べ物にした。狩りや漁でくらし、土器(縄文土器)を使っていた時代を縄文時代とよび, 1万2000年前ごろから 2300 年前ごろまでつづいた。

貝塚

大むかしの人々が食べた貝のからなどが積もっているところを貝塚という。縄文時代の貝塚は、1877年アメリカ人のモース大森貝塚(東京都) を発見してから各地で発掘され、福井県の鳥浜貝塚や千葉県の加曽利貝塚など全国各地に残っている。貝塚からは、いろいろな道具や動物の骨などが出ているので、人々のくらしのようすがわかる。

たて穴住居

貝塚の近くなどからは、縄文時代の家のあとが発掘されている。家のつくりは、地面を円形か方形に深さ50cmほど掘りこみ、その中央に炉 をつくり、周りに丸太で柱を立て、木の枝や草で屋 根をふいたものであった。このようなつくりの家をたて穴住居といい、1軒に5~6人が住み、数軒から十数軒の集落をつくっていた。

縄文時代 まとめ

  • 縄文時代…磨製石器とともに打製石器も使われ、温暖化が進んだ時代
  • 縄文土器…低温・黒褐色・厚手・もろい
  • 三内丸山遺跡(青森県)…巨大な集落、栗の栽培など原始的な農耕
  • 大森貝塚(東京都)…モース(アメリカ人動物学者)
  • 土偶…「女性をかたどったものが多いため、多産や豊作を祈ったのではないか」といわれています。さらに、精霊信仰(アニミズム)が浸透し、万物に霊の存在を信じており、呪術の発達がされました。

あわせて確認

以上が、【中学歴史】縄文時代のまとめとなります。

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