【中学歴史】飛鳥時代のまとめ

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【中学歴史】飛鳥時代のまとめです。

飛鳥時代

飛鳥時代

飛鳥時代で覚えておくべきことまとめ

6世紀になると、大和朝廷では有力な豪族たちが自分の力をのばそうとたがいに争った。527年筑紫(福岡県)の豪族磐井が反乱をおこしたが、 この反乱をしずめた大和(奈良県)の豪族物部氏が朝延で勢いをのばした。これに対し、大和の豪族の蘇我氏は、朝鮮などからの渡来人を重く用い、新しい知識や技術を取り入れて勢いを強めた。587年、蘇我馬子は物部氏をほろぼし、やがて崇峻天皇も暗殺して、朝廷の政治を動かすようになった。

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聖徳大学(厩戸皇子)

593年聖徳太子が、おばの推古天皇を助ける摂政の地位につき、政治の経験が豊かな蘇我馬子と協力して、新しい政治を進めようとした。太子の政治の理想は、蘇我氏などの豪族を協力させて、天皇を中心にした政治のしくみを整え、日本を天皇中心の国とすることであった。
確認聖徳太子のやったことで覚えておくべきこと

飛鳥文化

聖徳太子が摂政となった6世紀末ごろから、710 年に平城京(奈良市)に都が移されるまで、都はおもに奈良盆地南部の飛鳥地方にあったので、この時代を飛鳥時代という。この時代には、聖徳太子をはじめ天皇や豪族(貴族)が仏教を重んじたので、多くの寺院や仏像がつくられた。。

  • 法隆寺…仏教を深く信仰した聖徳太子は、奈良盆地の北西部の斑鳩の地に法隆寺を建てた。法隆寺には、釈迦三尊像などの仏像や玉虫厨子などすぐれた工芸品が残されている。
  • 法隆寺は、飛鳥時代の後半に火災にあい、まもなく建てなおされたもの。それでも、現在残っている世界最古の木造建築といわれ、世界文化遺産に登録されている。
    確認高校入試社会「よく出る日本の世界遺産一覧(最新版)」
  • 四天王寺…聖徳太子は、摂津の難波(大阪市)にも四天王寺を建てた。
  • 飛鳥寺…蘇我馬子も飛鳥地方に 法興寺(飛鳥寺)を建て,そこに飛鳥大仏を安置したといわれている。

渡来人の働き

寺院や仏像は、朝鮮などから建築や彫刻の技術を身につけた渡来人やその子孫によっ てつくられた。そのため、飛鳥文化には、朝鮮や中国の影響がみられる。またイラン・ギリシアの文化の影響をうけたともみられる。

蘇我氏

聖徳太子が亡くなると、朝廷では蘇我馬子の子の蘇我蝦夷と孫の蘇我入鹿が権勢をふるった。特に蘇我入鹿は、聖徳太子の子の山背大兄王とその一族をほろぼしたので、朝廷には蘇我氏の やり方に不満をもつ人々がふえた。

唐から帰った留学生

中国では、618 年に隋がほろんで盾がおこった。唐は政治のしくみを整え、領土を広げ、朝鮮の国々を圧迫した。このころ、遣隋使とともに中国にわたった高向玄理・南淵請安・僧の旻らの留学生が日本に帰り、唐のすぐれた制度や文化を朝廷の人々に伝えた。

中大兄皇子と中臣鎌足

朝廷では、皇族の中大兄皇子と豪族の中臣鎌足が、日本も政治のしくみを整え、天皇中心の強い国にしなければならないと考え同じような考えの人々を仲間に入れて、まず蘇我氏をほろぼす計画をめぐらした。

大化の改新

645年、中大兄皇子と中臣鎌足らは 飛鳥の宮殿で朝鮮の使節をむかえる儀式のとき、蘇我入鹿をおそって殺した。自宅にいた父の蝦夷は、家に火をつけて自殺した。これを乙巳の変という。

蘇我氏をほろぼすと、中大兄皇子は皇太子となって新しい政府をつくり、政治の改革を始めた。この年、中国にならってはじめて年号を立て、大化と定めたといわれ, 蘇我氏をほろぼしたことに始まる政治の改革を大化の改新という。

大化の改新の政治方針

646年、新しい政府は、改新の詔 (天皇の命令)を発布し、新たな政治方針を示した。

  1. これまで皇族や豪族のもっていた土地と人民をすべて朝廷のものにする(これを公地公民という)。
  2. 全国を国・評(郡)に分け, 国司・郡司という役人をおく。都の近くは畿内とする。
  3. 戸籍や計帳(税の台帳)をつくり、朝廷が人々に土地(口分田)をわりあてる班田収授の法をおこなう。
  4. 新しい税のとりかたを定める。

天智天皇

朝鮮半島では、新羅という国が中国の唐と協力して、日本と親しかった百済をほろぼしたので、中大兄皇子らは朝鮮半島に軍隊を送ったが、 白村江の戦いでやぶれた。その後、中大兄皇子は、都を近江(滋賀県大津市)に移し、天皇の地位につい て天智天皇となり、わが国最初の法典(近江令)やわが国最初の戸籍(庚午年籍)をつくった。

天武天皇

天智天皇が亡くなると、天皇の地位をめぐり、天智の子・大友皇子と天智の弟・大海人皇子が争い(壬申の乱)、これに勝った大海人皇子が天 武天皇となった。

大宝律令

701(大宝元)年、文武天皇のとき、年 (藤原)鎌足の子藤原不比等らが編さんした大宝律令という法典が完成した。

律令の内容

  1. 朝廷では天皇のもとに太政官が政治を分担する。
  2. 全国を国・郡・里に分け,国司・郡司・里長をおく。国司は朝廷が貴族の中から任命する。
  3. 戸籍と計帳(税の台帳)をつくり、6歳以上の男女に土地(口分田といい、女は男の3分の2の面積)をわりあてて耕作させる(班田収授の法)。 口分田の税(相)は、稲の収穫高の約3%。
  4. 成年男子は、調(特産物)や順(都での労働か、かわりの布を都に運んでおさめる。
  5. 成年男子は、国司のもとで労役(雑径)、交代で番兵(都で衛士, 九州で防入)となる義務。
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