中学歴史の世界恐慌でのニューディール政策とブロック政策の比較と違い

世界恐慌でのニューディール政策とブロック政策の比較と違いをまとめています。世界恐慌は、1929年、アメリカのニューヨークでの株価暴落をきっかけに起こった世界的な経済の混乱でそこでとられた政策は、ヨーロッパ諸国とアメリカでは違ったものでした。そのあたりをまとめています。それでは、中学歴史の世界恐慌でのニューディール政策とブロック政策の比較と違いをみていきましょう。

ニューディール政策とブロック政策

政策 ニューディール政策 ブロック政策
アメリカ イギリス・フランス
実行者 ルーズベルト大統領
内容 積極的な公共事業 保護貿易
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ニューディール政策

アメリカの対応でルーズベルト大統領の下で積極的な公共事業。農業や工業の生産調整、労働組合の保護を推し進めた。

ブロック経済

イギリス・フランスがとった対応で、植民地と本国との貿易を拡大し、他国からの商品に対する関税を高くする経済政策。

五か年計画

ソ連は、それ以前からの経済計画(5カ年計画)を行っていたので世界恐慌の影響を受けなかった。各国は、それぞれの方法で経済の復興を目指した。

日本への影響

農産物の価格の下落や基金などで国民生活が苦しくなる。労働争議・小作争議が激しくなった。政党政治は、行き詰まり、1930年ロンドン海軍軍縮会議が開かれ、イギリス・アメリカと共に軍縮条約を結ぶ。天皇の権限の侵害があるとされ、浜口雄幸首相が右翼の青年をおそわれ、退陣する。日本では経済でも政治でも行き詰まった状態になる。
もっと詳しく浜口雄幸内閣についてのまとめ

比較と違い(中学歴史編)

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