【中学歴史】日中戦争

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日中戦争

満州事変と日中戦争
華北で対立していた日中両国の軍隊が、1937年7月、北京郊外の盧溝橋で衝突する事件(盧溝橋事件)がおこった。 現地では停戦協定がほどなく結ばれたのだが、日本政府 (近衛文麿内閣)の方針が定まらなかったこともあり、戦火は上海に広がり、宣戦布告がないままに日中戦争が始まった。

日本軍は戦線をさらに拡大して、同年12月には首都南京を占領した。日本軍はそのさいに、女性や子どもをふくむ多数の中国人を殺害したといわれる(南京事件)。中国側は、1937年9月に、国民政府と中国共産党が抗日民族統一戦線を結成し(第2次国共合作)、奥地の重慶に移して徹底抗戦の態勢をとった。このようななかで、イギリス・フランス・アメリカ合衆国などが中国を支援したため、日中戦争は長期化していった。

中国の対応

  • 抗日民族統一戦線…1937年9月それまで対立していた蒋介石が率いる国民党と毛沢東を指導する中国共産党が協力して日本に対抗するため結成。

日本の対応

  • 国家総動員法…1938年国の産業・経済・国民生活など全てを国が統制する権限を持つとして出された法律。
  • 大政翼賛会…挙国一致のために結成された団体。ほとんどの政党や団体が解散して合流した。

満州事変と日中戦争の整理

内容満州事変日中戦争
年号1931年1937年
きっかけ日本の軍部(関東軍)が柳条湖で満州鉄道の線路を爆破北京郊外の盧溝橋付近で起こった日中両軍が武力衝突
その後満州を占領した関東軍が清の最後の皇帝溥儀を元首として建国を宣言泥沼化する戦争は、南京事件が象徴で、日本軍が一般人含む多数の中国人を殺害

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