国風文化
894年に菅原道真の提案により、遣唐使が廃止されます。廃止の理由は、唐の勢力が衰え学ぶべきことが無くなったこと、朝鮮との仲が悪くなり、危険な海路を通らなくてはならなくなったためです。
遣唐使の廃止以後、日本の風土の生活に合った優美で細やかな貴族文化が栄えます。この文化を国風文化といいます。有力な豪族は、自然の美したを取り入れた日本風の広大な寝殿造の邸宅に住んでいました。
国風文化の主な文学作品
国風文化では、女性向けの文字としてかな文字が普及し、多くの文学作品が生まれます。

紫式部
分野 | 文学作品 | 作者 |
---|---|---|
物語 | 源氏物語 | 紫式部 |
竹取物語 | 不詳 | |
随筆 | 枕草子 | 清少納言 |
日記 | 土佐日記 | 紀貫之 |
和歌集 | 古今和歌集 | 紀貫之ら |
歴史 | 大鏡 | – |
栄花物語 | – | |
説話 | 今昔物語集 | – |
この他にも、日本の自然や風俗を描いた大和絵、絵と文をおり交ぜて、物語のずじを展開した絵巻物などが有名です。
藤原道長の歌
摂関政治の頂点を極めた、藤原道長も有名な和歌を残しています。
現代語訳「この世は自分のためにあるようなものだ、満月(=望月)の欠けたことが無いように」
1018年、後一条天皇に自身の娘威子(いし)を嫁がせます。この祝いの席で望月の歌が歌われたのです。道長の望みが叶い、藤原氏としても絶頂期を迎えた時期の歌ということになります。
平安仏教
平安時代の804年以降に、新しい仏教を唐から最澄と空海が伝えます。奈良時代では、仏教勢力が政治と大きくかかわり力を盛った時代でした。その勢力を削ぐために、桓武天皇は、修行を重んじる次の仏教を保護します。
宗派 | 開祖 | 山 | 寺 |
天台宗 | 最澄 | 比叡山 | 延暦寺 |
真言宗 | 空海 | 高野山 | 金剛峯寺 |
平安仏教の覚え方は、「天才真空!」です。「天(天台宗)才(最澄)真(真言宗)空(空海)!」で確実に覚えましょう。
浄土信仰が貴族の間に広まる
平安時代の後期ごろになると、末法思想といって仏教の世界で仏が死ぬという物騒な時代に突入します。実際に、平安京では疫病が流行り、多くの乱が起こるようになります。
こんな中、貴族の間では、念仏を唱えて阿弥陀仏にすがれば、来世での幸福が得られるとする浄土信仰が流行します。極楽浄土を築こうとして、阿弥陀仏の像や阿弥陀堂がつくられました。藤原道長の子である頼道が立てた、京都府宇治の平等院鳳凰堂や、中尊寺金色堂が有名です。
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