【中学歴史】昭和時代のポイント

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中学歴史の昭和時代のポイント・流れです。昭和も入試には必ずと言って出題されます。第二次世界大戦前後、日本の国際社会復帰まで、高度経済成長のあたりは、よく出題されるので、出来事の内容、登場人物など深く学んでいきましょう。それでは、中学歴史の昭和時代のポイント・流れです。

昭和時代

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世界恐慌

アメリカの経済悪化を発端に、1929年の世界恐慌が発生。恐慌とは、経済が急速に悪くなり、不況という状況を超えた現象。1929年10月24日ウォール街のニューヨーク証券取引所で株価の大暴落。それから、不安が不安を呼び恐慌となっていきました。アメリカは、公共事業を推進するニューディール政策、イタリア・フランスは保護貿易によるブロック経済などでその場を乗り切っていきます。ソ連は、五か年計画を実施していたことから、大きな影響を受けなかった。

確認【中学歴史】世界恐慌

五・一五事件と二・二六事件

事件 五・一五事件 二・二六事件
1932年5月15日 1936年2月26日
内容 犬養毅首相が海軍の将校に暗殺 陸軍の青年将校が首相官邸や警視庁を襲撃
事件後 国際連盟を脱退し、満州支配 満州事変で日本は国際的に孤立

確認【中学歴史】五・一五事件と二・二六事件の比較

満州事変

日本の関東軍が、軍閥や国民党よりも先に満州を占領しようとし、柳条湖付近で南満州鉄道の線路を爆破(柳条湖事件)し、中国側のしわざだと口実をつけたことがきっかけで起こる。1932年に、日本軍は満州国の建国を宣言。

確認【中学歴史】満州事変

日中戦争

1937年に盧溝橋事件(訓練中の日本軍に、日本は中国人と考えた何者からか数発の銃弾を撃ち込まれる)を発端に、日本が軍備を整備。これを中国が戦争開始ととらえ、日中戦争が勃発。

確認【中学歴史】日中戦争

太平洋戦争

第二次世界大戦
第二次世界大戦の中の1つの戦いで、日本をはじめとしたドイツ国など枢軸国と、連合国(主にイギリス帝国、アメリカ合衆国、オランダなど)の戦い。

確認【中学歴史】太平洋戦争
確認戦後のGHQの民主化政策

戦後の世界

第二次世界大戦後、世界は米ソ両大国を中心とする東西両陣営に分裂。ヨーロッパでの東西分立、アジアでの武力衝突の後、両陣営の対立は、核の脅威のもとに米ソ直接対決を避け、世界的な軍事ブロックを結成して向き合う冷戦になった。アメリカは国際連合で重要な地位を占め、経済再建に指導的な役割を果たした。そして資本主義世界の指導国家として、ソ連を中心とする社会主義国家と鋭く対立し、マーシャル=プラン、NATO設立、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争などの反共政
策は、つねに国際政局の焦点となった。

統一を目指して朝鮮民主主義人民共和国が大韓民国に侵攻したことをきっかけで始まる。1953年に休戦。朝鮮戦争が勃発すると日本は特需景気を迎えた。朝鮮戦争では中国は義勇軍送って、朝鮮民主主義人民共和国を援助した。一方でアフリカは、1960年27国が独立。「アフリカの年」となる。植民地支配から多くの国が解放されるが、紛争・飢餓・経済格差などの問題が残る。

確認中学歴史「高度経済成長期」

冷戦(東西対立)

第2次世界大戦後のアメリカとソ連およびその同盟国の間で展開された敵対的な関係。典型的な例が、アメリカと同盟国はヨーロッパにおけるソ連の脅威に対抗する北大西洋条約機構(NATO)を設立する一方で、ソ連側はそれに属する諸国の統一軍事組織であるワルシャワ条約機構を設立。あと一歩で戦争間際まで迫った、1962年キューバ・ミサイル危機はおさえておきましょう。

確認【中学歴史】冷戦

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