【中学歴史】大正時代のポイント

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中学歴史の大正時代のポイント・流れについてまとめています。大正時代についての事柄も、非常に高い確率で、毎年出題される時代となりますので、全体の流れを通して、学習する必要があります。それでは、中学歴史の大正時代のポイント・流れ「入試に出る最も大事な3つのこと」をみていきましょう。

大正時代のポイント・流れ

大きな流れとして、「第一次世界大戦のころ」→「大戦後の世界」→「大正デモクラシー」をつかんでおきましょう。

第一次世界大戦のころ

  • 中国に二十一か条の要求(1915年に、日本が中国に対して出した、中国における日本の権益の拡大をなどを求めた要求)
  • 日本の輸出が急増
  • ロシア革命(ロシアでは戦争や皇帝の専制に対する不満が爆発。1917年労働者のストライキや兵士の反乱が続き、レーニンの指導のもと、世界で初めて社会主義の政府ができた。)
  • シベリア出兵
  • 米騒動(シベリア出兵を見こした商人たちが、米を買い占めたため、米の値段が急激に上がり、それに激怒し、1918年に騒動がおこる。)
  • 原敬の政党内閣発足
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二十一か条の要求の一部

  • 中国政府は、山東省におけるドイツの権益を日本にゆずる。
  • 旅順や大連の租借期限、南満州鉄道の利権の期限を、さらに99か年ずつ延長する。
  • 南満州・東部内モンゴルでの鉱山採掘権を日本にあたえる。
  • 中国の中央政府に、政治・財政・軍事の顧問として有能な日本人を招くこと。

大戦後の世界

  • ベルサイユ条約の締結
  • 国際連盟の発足
  • 五・四運動(中国)と三・一独立運動(朝鮮)
  • ガンディーの独立運動(インド)(イギリスに対する非暴力・不服従の運動をすすめたインド独立運動の指導者)
五・四運動 三・一独立運動
起こった年 1919年 1919年
起こった国 中国 朝鮮
内容 反日 日本からの独立
結果 中国国民党結成 日本は一部主張を認める
人物 孫文

ベルサイユ条約

第1次世界大戦を終結するため、1919年6月28日パリ郊外のベルサイユで、連合国側とドイツとの間で調印された講和条約。アメリカそのほか数ヵ国はこの条約に参加しなかった。パリ講和会議が結ばれる。ドイツの植民地を失い、領土を縮小され、巨額の賠償金と軍縮縮小を課せられました。日本はドイツか持っていた中国の山東省の権益、植民地の委任統治権を得る。戦後の世界平和を目的とした条項も存在。1919年には、ドイツで、ワイマール憲法が制定される。孫文が、中国国民党を結成。

大正デモクラシー

  • 護憲運動(第一次護憲運動が1912年に起こった。憲法にもとづいて政治を守ろうとする運動)
  • 普通選挙法の制定

護憲運動

尾崎幸雄、犬養毅らは、「閥族打破・憲政擁護」をスローガンに第一次護憲運動を展開。第一次世界大戦直前には、シーメンス事件の発覚により、世論の批判を受けて、第一次山本権兵衛内閣が総辞職。また、軍拡予算に対して、負担の軽減を求める廃税運動も展開されていました。貿易収支の大幅な赤字も続き、国際収支は危機的な状況でありました。

大正時代の社会運動

運動 労働争議 小作争議 女性運動 部落解放運動
年号 1900年初頭から 1920年前後から 1920年 1922年
内容 ストライキ 条件改善 平塚雷鳥新婦人協会を結成 全国水平社
備考 労働者が雇い主に労働者の意見を認めさせるため 小作人が地主に小作料の引き下げを求める 女性の政治活動の自由、高等教育の拡充などを求める 部落差別からの解放を目指す。

確認【中学歴史】大正時代の社会運動

大正時代の文化

大正時代には、都市ではガス、水道、電気、電灯が普及するなど大衆の生活の水準が劇的に上がっていきます。それに伴い、義務教育も、ほぼ完全にいきわたり、女性の進学者も増えていきました。ラジオ放送も始まることや多くの文学が生み出されるなど、国民全体の教育・教養レベルも向上にも寄与。
確認【中学歴史】大正時代の文化まとめ

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